思索記

ものを考える。詩。

人間の文法 - 2 全体像

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「人間の文法 - 1 人間の文法とは」はこちら

https://syotaro-nakahara-gg.hatenablog.com/entry/2023/08/18/194217

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 人生を文章に例えると、時間は段落のように区切りをつけ、行動は文章の中の一文として存在し、私たち自身は文の中の単語や文節として機能する。私たちはこの体で考えたり動くこと(単語、文節)でさまざまな行動をして(文章を紡ぐ)「何か」を完了する(段落を区切る)。日々の行動(文章を紡ぎ段落をつくる)を繰り返していく先に死(文章の完結)があり「その人の人間」という文章が完結する。これが日本語の文法のように「人間」を読み解くことすなわち「人間の文法」の全体像である。

 人間の文法で人をみるには第一に単語と文節(健康状態、身体情報、身なり、表情、眼光、身体言語など)を定義しそれらに対する価値判断の基準を持つ必要がある。言語の学習においてどれだけ単語を知っており理解しているかが重要であることと同様に、人間の文法においても語彙力、つまり人生の最小単位はなにでどれだけの種類があり、それらはどのような意味を持ち、行動(文、段落)や人生(文章)にどのような関わりを持っているかを学習することが重要であると考える。第二にある行動(人生を文章とした場合の一文)はどのような構成(単語と文節の組み合わせ)で、どのような段落(行動の区切りまたは目的)をかたちづくっているのか想定することである。私たちは文を読む時に文脈から意味や前提、結論を推測することができる。例えば「お腹が空いた私は」とあれば、「食べる物を探した」「昼食を取ることにした」などの文が続くことを予想する。また「〇〇を食べた」と文が続きその「〇〇」の単語を知らなかった場合も「〇〇」は食べ物であることが予想される。前後の文脈がわかればより高い精度で詳細な推測ができる。人間の文法を前提にすると「人をみる目がある」というのは、このような推測の精度が高いことを示していると考えられる。だから、語彙力をつけて(人間の最小単位を定義する)文脈を読み取る力をつけること(定義した単語や文節がどのように機能し文を構成しうるかを学ぶ)が人間の文法で人をみることだと言える。

続く