はてなブログを久しぶりに更新する。約2年ぶりだ。書くことは決めていない。ただ、ここのところ、何か書きたいと思っていた。割愛するが、きっかけがあったからだ。何かを書きたいが、何を書いたらいいかは思いつかないでいた。このまま過ごしていても、思いつきそうにもなかった。だから、「とりあえず」と書き始めた。
私は28歳になり、近いうちに29歳になる。はてなブログを更新していない2年ほどの間に、こういったブログ投稿活動の主流が、完全に「note」になったと感じている。これは世の中でそうなったのか、私においてのみそう感じられるだけなのかはわからない。例えば私はFacebookを全く使っていないが、よく会う近しい人たちにおいてはバリバリの現役なようで、「この間、Facebookに上げてたよね、見たよ。」などの会話が聞こえてくる。日本の年齢別人口分布を考えれば、Facebookのアカウントすら持っていないまたは使っていないという年齢層の総数より、Facebookを活発に利用している年齢層の総数の方が、圧倒的に多いのかもしれない。こういったことは、実際にどうであるか調べてみることまでしなければ何も意味がないのだが、結局は調べるところまでいかないのが私である。全くもってトホホである。カラスがカァカァ鳴くことの方がよっぽど意味を持っているだろう。こんな風で、28歳になってしまった。
とりあえずと書き始めたものの、なかなか筆が進まない。『だから終わります。』と締めてしまっても構わないのだが、もう少し粘ってみることにする。
「『note』は流行であって、時代ではない。」というフレーズが思い浮かんだ。流行りモノと時代をつくるモノ。「文字」を用いる文化圏では、人が思考を文字に変換するのは普遍的な営みと言っていいはずだ。どの流行においても、どの時代を区切っても、前提として存在する。その手法は、時代を築くモノだと思う。もはや竹に墨と筆で文字を書く人はいないだろうが、そういう「時代」はあった。今私はiPhoneで文章を書いているが、いずれは全く新しい手法で、人は文字を書くだろう。体にデジタルデバイスを埋め込んで(または接続して)、「書く」と考えれば脳から電気信号を受け取り、文字データの作成を開始するといったような手法が発明され、流通すれば、スマートフォンで文章を書くという「時代」が終わっていくだろう。つまり、まず「人の営み(普遍)」があり、その上に「手法(時代)」が重なり、そこに「流行(用途)」がある。読書人口の低下によって「本の時代が終わる」と聞こえることがあっても、その表現に私は違和感が無かったが、このロジックに当てはめれば「本」ですら、時代と呼んでも違和感のなくなるほどに、長く深く人々に親しまれたというだけの「流行」に過ぎないと言える。人が思考を文字に変換する行為は、本がなくなっても無くなることはないだろう。もしなくなれば、それはもはや新人類である。さて、「note」という流行は、どれだけ続くのだろうか。
この文章は、移動の合間や空いた時間に少しずつ書いている。ここに至るまで2週間程度経過した。時間がかかりすぎている。明らかに思考力や文章力が低下している。これまでのことを思うと、いい文章を書けたと感じる時は大抵、書き始めてから1度で書き切り、その後読み返しておかしな点や表現を数回修正する程度で仕上がる。だから、書きたいことがない時に書くことは「いいものが書けない」と感じてている節もある。実際、この文が良い書き物だとは思わない。しかしながら、今回この文章を書きながら、少しずつ脳の使っていなかった部分が刺激され、それはストレッチのような、リハビリのようで、健康的な状態に近寄れた感覚がある。YouTubeに「リハビリラジオ」と題して、そのようなことを目的に、自分の健康のためにと、考えを言葉にして誰かに語るように喋ることでリハビリをするんですと、動画を何本かアップしていた。これも3〜4年は更新していない。全く忘れていた。行動しないと、忘れるのである。使っていないと、忘れるのである。忘れることは、なくなることである。「忘れないようにしよう」と決意しても、忘れるもんは忘れるのである。動くこと、使うことが先にあって、心は、脳は、つまり「私」は、それによって変化しつづける状態の連続体である。
これもまた、普遍なのだろうと思う。本を書こうが、ブログを更新しようが、歌を作ろうが、感想を話そうが、なんだっていいのだが、食べて、寝て、動くことと同じように、思考を文字に変換する行為はヒトの根底にある普遍的な性質であり、それを自覚的に行わなければならない。よく食べ、よく寝て、よく動き、よく書く(話す)べきだ。
「とりあえず」は良い。行動のきっかけになる。キッカケを沢山持てたらいいと思う。キッカケを沢山持つことが継続につながるかはわからない。次回は「継続は何によって生まれるのか?」と題して書き始めてみようかしら。
さりとてここまで読んでくれた方は、私の「とりあえず」の試行錯誤にお付き合いいただきありがとうございます。
またお会いしましょう。 良い夜を、良い一日を。